マリア観音、踏み絵、変容したキリスト教信仰「サンタマリア館」【熊本】

サンタマリア館
有明海に面したサンタマリア館は教会のような美しい建物。マリア観音、踏み絵など隠れキリシタンの遺物を約300点を蒐集した博物館です。隠れキリシタンの信仰について学びました。

巨大タコオブジェの向こうに十字架とマリア像が

サンタマリア館
熊本県ありあけタコ街道の巨大タコオブジェを眺めていると、目と鼻の先に十字架とマリア像があることに気が付きました。ステンドグラスが美しい建物は教会のよう。近寄ってみると「サンタマリア館」と書かれていて博物館だと分かりました。いわゆる珍スポットではありませんが、立ち寄ってみることにしました。

リアルすぎ! タコの町有明のタコ愛「ありあけタコ街道」【熊本】
   熊本県天草市有明はタコの街です。道の駅有明(リップルランド)の広場・ありあけオクトパ〜クに、巨大なタコのオブジェがあります。ハイパーリアルなタコ像と有明のタコ愛について。

謎の文字と絵が書かれた金色の十字架

サンタマリア館
マリア像の隣にある金色の十字架に不思議な文字と絵が書かれています。

さんしやる二 こんたろす五
くさぐさの でうすのたから しずめしずむる

これは一体何なのかしら?

天草四郎の財宝のありかを記した暗号!?

サンタマリア館
これは天草で見つかった黄金の十字架に書かれていた文字で、天草の乱の軍資金や天草四郎の財宝のありかを記した暗号、はたまた呪いの言葉では──と長らく考えられていたものです。しかしサンタマリア館館長が

聖遺物2個、ロザリオ5個
種々(くさぐさ)のデウスの聖遺物やロザリオをここに沈め、鎮めた

というポルトガル語であると解明したそうです。すごい発見! ……だけど財宝じゃなくてちょっとがっかり。

親子2代で40年かけて集めた隠れキリシタンの遺物

サンタマリア館
サンタマリア館は館長で歯科医の浜崎献作さんと、2010年に亡くなった父親の浜崎栄三さんが40年かけて集めた隠れキリシタンの遺物を公開している博物館です。隠れキリシタンについて、そしてキリスト教信仰が時代によってどのように変化していったのかを展示パネルなどで学ぶことができます。

もともとのキリスト教から乖離した天草のキリスト教信仰

サンタマリア館
左上から右回りに「雲仙地獄池の迫害(1627年頃)」、「ジャノネ神父と木寺修修道士の殉教(1633)」、「26聖人の殉教(1597)」、「アダム荒川の殉教(1614)」

日本でキリスト教が禁止されてから時代を経て江戸時代の中期頃になると、隠れキリシタンの信仰は本来のキリスト教から乖離し、変容していきました。オラショ(教文)は魔除けの呪文に、十字架は占い道具にと、もともとの教義は忘れられてしまい、一種の「キリスト教的民俗宗教」となってしまいました。

慈母観音、子安観音を拝み始めた隠れキリシタン

サンタマリア館
たとえば天草の乱が終結してから100年も経たないうちに、隠れキリシタンが拝みだしたのがこのような慈母観音、子安観音、白衣観音などの観音像です。このようなキリシタンの信仰になった観音像をマリア観音といいます。

マリア観音という呼称は大正時代に研究者が使い始めたもので、当時からの呼び名ではない。

マリア観音を拝みだしたのはなぜか?

サンタマリア館
なぜマリア観音を拝み始めたのかは、禁じられた宗教を偽装した、観音像をマリアに見立てた、など諸説あります。しかしマリア観音は時代を経て信者が本来のキリスト教の教義を忘れて土着の信仰と融合、変容していった変容キリシタン、キリスト教的民俗宗教への変化の証拠ともなっています。

キリスト教の教義をかたくなに守り続けていたわけではなかった

サンタマリア館
私は「隠れキリシタンたちは代々キリスト教の教義をかたくなに守り続けてきた」と思い込んでいたので、展示パネルを読んでとても驚きました。でもネットなどの情報網もない時代のこと、数百年も経てば本来の信仰の形というのは失われるのが当然なのかもしれませんね。

長崎・島の館でも見た踏み絵

サンタマリア館
これは踏み絵。以前長崎県の島の館でも踏み絵を見ました。当時は「絵踏(えぶみ)」と言っていました。年に一回長崎の役人が天草にやってきてキリスト教徒かどうか見分けるテストに使ったものです。踏み絵は明治時代になっても続けられていた地域があったそうです。

クジラと魚の剥製でできた海の360度パノラマ「島の館」【長崎】
   長崎県の生月(いきつき)島は人口7600人の美しい島。戦国時代にはキリシタン信仰、江戸時代には捕鯨が盛んでした。博物館・島の館はすべて本物の剥製でできたドームが見ものです。

キリシタンの祭壇を再現したコーナー

サンタマリア館
こちらのコーナーはキリシタンの祭壇を再現したものです。手前にあるのは洗礼盤(せんれいばん)。水の上に浮かんだ十字のこよりを額につけたりして洗礼を行いました。ただしこれは本来のキリスト教の洗礼とは違い、病気を直したり願いを叶えるためのおまじない的に使われていました。

天草の乱(島原一揆)についての展示

サンタマリア館
天草の乱(島原一揆)は、宗教弾圧を原因とするだけではなく、大飢饉や地元の浪人たちの幕府に対する反逆、地方政治への不満など様々な要因が絡み合って起った事件でした。老若男女のキリシタン3万7000人が命を落とす結果となりました。これは藍のあまくさ村のレポートにも書きましたね。

日本一の天草四郎像のイメージは……?「藍のあまくさ村」【熊本】
   熊本県天草の島巡りをしようとクルマを走らせていると、藍のあまくさ村という販売店に巨大な像があることに気が付きました。これぞ日本一巨大な天草四郎像! 休息がてら立ち寄りました

各地にある天草四郎の銅像

サンタマリア館
各地にある天草四郎の銅像の写真も飾られていました。どれも前髪を垂らした美しい少年の像です。……あれ? 藍のあまくさ村の日本一巨大な天草四郎像の写真がない! 新しい像だし大きすぎるからこの中には含まれなかったのかな……。

天草の人々の信仰の強さが胸に迫る

サンタマリア館
本来のキリスト教とは似ても似つかないものになってしまったのかもしれないけれど、それでも九州の隠れキリシタンたちの信仰の強さは心に迫るものがありました。パネルも読み応えがあって、館長・前館長の浜崎さん親子の研究にかける情熱が伝わってきました。末永く続いてほしい博物館です。(2017年05月05日訪問)【麻理】

追記

2017年4月8日の朝日新聞の記事によると、サンタマリア館は財政難により存続の危機にあるそうです。当ブログの記事が少しでも多くの人が足を運ぶきっかけになってくれればと願っています。

熊本)「サンタマリア館」財政難で存続の危機

江戸時代の禁教期にひそかに信仰を守った「潜伏キリシタン」の資料を数多く収蔵する、天草市有明町の民間キリシタン資料館「サンタマリア館」が、財政難から存続の危機に立たされている。親子2代で収集した「地域の宝」。失ってはならないと、地元の有志たちが動き始めた。

展示されている資料は、背中に十字架が刻まれた加藤清正像や、観音様に似せたマリア観音像、大江天主堂(天草市天草町大江)を建設したフランス人のガルニエ神父の遺品など約300点。江戸時代の禁教令下の潜伏キリシタンから、禁教が解かれた明治以降も江戸期の信仰形態を続けた「かくれキリシタン」の時代まで長い年月にわたる。

(2017年4月8日03時00分 熊本)「サンタマリア館」財政難で存続の危機:朝日新聞デジタル

参考文献

地図&情報

サンタマリア館
住所 :熊本県天草市有明町上津浦美ノ越1940-1
電話 :0969-45-8110
休業日:年中無休
時間 :09:00~18:00(04月〜11月)09:00~17:00(12月〜03月)
入館料:500円
駐車場:無料
関連URL:サンタマリア館
※情報修正2017年10月

スポンサーリンク

この記事をシェアする

五十嵐麻理をフォローする

「日本珍スポット100景」書籍化

当ブログ「日本珍スポット100景」が書籍化されました。あなたの珍スポ旅行のおともにぜひどうぞ。

訪問の前にご注意

注意事項

……というのは珍スポットではよくあること。上の情報は記事掲載後に変更されている事があります。お出かけの際は事前にご確認ください。(「注意・免責事項」ページ参照

もし「もう閉鎖されたよ」「時間が変更されてた」などの情報がありましたら、早急に修正いたしますのでメールフォームにてお知らせください。あなたの情報が珍スポット(と管理人)を救う!

注意事項

■当ブログに掲載されている情報は、予告なしに変更する場合があります。

■当ブログに掲載されている情報には情報作成時期におけるものです。情報が更新された際には修正を心掛けておりますが、内容の正当性及び正確性、安全性を保証するものではありません。

■当ブログに掲載されております情報(文章・画像全て)の転用・複製・販売等一切はしないでください。特にまとめサイト、キュレーションサイトなどの使用を固く禁じます。無断使用の場合はサイト管理者に使用料を請求します。