戦争マラリアを知っていますか?「八重山平和祈念館」【石垣島】

八重山平和祈念館
3647人。第二次世界大戦中に、沖縄県八重山諸島においてマラリアで亡くなった方の数です。この悲惨な出来事・戦争マラリアを学びに石垣島の八重山平和祈念館を訪ねました。

八重山平和祈念館は写真撮影禁止だったため、建物の外観のみの写真となりますがどうぞご了承ください。

マラリアとは何か?

八重山平和祈念館
マラリアはマラリア原虫を持つハマダラカという蚊に刺されると感染します。熱帯から亜熱帯にかけてよく発生する感染症で、高熱が出て最悪意識障害や腎不全を起こして死亡します。私はマラリアってどこか遠い国の病気だとばかり思っていました。

昔は石垣島と西表島でマラリアが発生

八重山平和祈念館
しかし沖縄県の八重山諸島、中でも石垣島と西表島では、昔からマラリアが発生していました。現在石垣島と西表島のマラリアは撲滅されていますが、戦争中激しい攻撃を避けるために、住民がマラリア発生地帯に疎開したことで、たくさんの方がマラリアに罹患してしまいました。

罹患者数は八重山全人口の半数

罹患者数は1万6884人。八重山地域の当時の全人口は3万1701人。実に半数もの人々がマラリアにかかってしまったのです。とくに波照間島の被害が大きかったのですが、それは山下虎雄陸軍軍曹という陸軍中野学校から送り込まれたスパイが、暴力的かつ強制的に住民を西表島に疎開させたことが原因だったと言います。

戦争マラリアについての展示

八重山平和祈念館(やえやまへいわきねんかん)ではその悲劇的な戦争マラリアについて、ジオラマや当時の道具、遺品、資料、写真、作文、地図などを使って説明しています。人々は慣れない土地で、掘っ立て小屋のような粗末な家でかつかつの暮らしをしていました。蚊にさされ放題の上衛生状態も最悪で、病気になった人々の看護もろくにできない状態でした。

胸が詰まる親子患者のジオラマ

特に胸が詰まるような思いをしたのが、マラリアに罹患した親子の再現ジオラマでした。配給が止まっていたので医療物資が足りずに、病人に水をかけてやるくらいの治療しかできなかったと言います。そして戦後も軍部が住民に終戦を知らせなかったため、故郷に戻ることなく亡くなった方も多かったそうです。

戦争犠牲者よりもマラリア犠牲者の方が多い

沖縄では戦争の直接の犠牲者よりも、マラリアの犠牲者の方がはるかに多かったのです。すべてが後手に回っている対応や、軍部の横暴ぶりに腹立たしい思いでいっぱいになると同時に、亡くなった住民の方々に今まで知らなくてごめんなさいと心の中で手を合わせました。

珍スポットではないけれどぜひご覧ください

八重山平和祈念館はマラリア死没者を悼み平和を祈念するために1999年に設立されました。ここでは学校では教わることのない歴史を学ぶことができます。珍スポットではないし、観光ガイドブックにも大きく取り上げられることはない施設かもしれませんが、ぜひご紹介したいと思い記事を書きました。(2012年05月12日訪問)【麻理】

参考文献

地図&情報

八重山平和祈念館(やえやまへいわきねんかん)
住所 :沖縄県石垣市新栄町79-3
電話 :0980-88-6161
時間 :09:00〜17:00(入館16:30)
休業日:月曜日・年末年始
入館料:大人100円
駐車場:無料
関連URL:沖縄・石垣島 八重山平和祈念館
※情報修正2017年09月

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