お礼にもらった島!? 800年前から個人所有「仁右衛門島」【千葉】

仁右衛門島
八百年以上前から個人が所有している島があります。しかもある人を助けたお礼にもらったという驚きの島。千葉県鴨川市の太海海岸に浮かぶ仁右衛門島(にえもんじま)に船で渡りました。

周囲4キロほどの小さな島

仁右衛門島
鴨川市の外房、太海海岸(ふとみかいがん)にある仁右衛門島は、南北200m×東西500mの小島です。島の周囲は4kmほどで、ぐるりと島中一周してもおよそ30分ぐらいしかかかりません。夏はバーベキューや海水浴客が訪れる観光地です。

船頭さんが櫂を漕ぐ渡し船で仁右衛門島へ

仁右衛門島
この島へは小さな手漕ぎ船で渡ります。船頭さんが二人ついてぎっこ、ぎっこと櫂(かい)を操って観光客を船で運ぶのです。この日は曇り空で、沖合に見える仁右衛門島はどことなく不気味な雰囲気──。

気分は伝説の島に船で渡る金田一耕助

仁右衛門島
まるで横溝正史の金田一耕助シリーズのようではありませんか。チューリップハットに袴姿の青年が、奇妙な言い伝えの残る島へ手漕ぎ船で向かっているのが目に浮かびます。これは何かが起こりそうな予感。金田一さーん、事件ですよー!

実は10分ほどしか船には乗りません

仁右衛門島
……と考えている間もなく、あっという間に上陸してしまいました。それもそのはず。実はこの仁右衛門島、太海の船着き場から100mほどしか離れていないのです。船に乗っていたのは10分足らず。もう少し旅情を楽しみたかった。

泳いで渡ることもできるかな?

仁右衛門島
このGoogleマップの航空写真を見ていただくとわかりやすいですね。赤い線が渡し船の航路です。でも緑の線の最短距離で行けば、泳ぎが達者な人なら簡単に上陸できそうです。夏は海水浴客で賑わう海岸ですし、渡し賃を払わずに泳いで渡ろうとするチャレンジャーもいるのでは?

泳いで渡っても料金の割引はありません

仁右衛門島
そう考える人は私だけではないようで、港の壁にはこんなふうに書かれてました。

仁右衛門島の渡船(赤船)以外のものや泳いで渡っても料金は割引されません。

そもそも船の行き来があって危ないですしね、渡し賃や入場料をケチって泳いで渡ろうとしないこと!

島内の名所を散策しながら歩く

仁右衛門島
仁右衛門島はこのようにUの字を逆さまにしたような形をしています。船着き場からすぐのお土産売り場を抜けて島内散策スタート。トイレもありますのでご安心を。道に沿って島内の名所を見ながら散歩することにしました。

800年前から当主の名前は「平野仁右衛門」

仁右衛門島
なぜこの島が仁右衛門島と呼ばれているのか? 実はこの島の当主は代々「平野仁右衛門」という名前を世襲しており、800年以上も前からずっと島の所有権を平野家が受け継いできたからなのです。

2017年現在当主の平野仁右衛門氏は第38代目で、今もこの島に一族が暮らしている。

島の所有権を与えたのは、源頼朝

仁右衛門島
そしてこの島の所有権を初代・仁右衛門に与えたのが、鎌倉幕府を開いたあの源頼朝(みなもとのよりとも)というのだから驚くではありませんか。島に伝わる言い伝えをご紹介しましょう。

源頼朝は1180年(治承4)石橋山の戦いで大庭景親(かげちか)に敗れ、平家の追っ手を逃れてこの安房(現在の房総半島)にたどり着きました。安房に影響力を持っていた豪族の三浦氏が父・義朝と懇意だったからです。

初代・仁右衛門が頼朝をかくまった

仁右衛門島
しかし平家方の長狭常伴(ながさつねとも)に襲撃され命からがら逃亡。頼朝は太海海岸の小島にかくまわれて生き延び、その後平氏を倒して鎌倉幕府を開きました。その頼朝を小島にかくまって助けた人こそ初代・仁右衛門だったのでした。

頼朝が隠れ住んでいた「かくれ穴」

仁右衛門島
島の中には、頼朝が隠れ住んでいたと言い伝えられている「かくれ穴」という洞窟があります。木々が鬱蒼と茂っていて、どことなく不気味な雰囲気。洞窟にこんな伝説があるなんて、まさしく横溝正史の世界ですね。

仁右衛門に平野の姓と島、漁業権を与えた

仁右衛門島
戦に負けた悔しさに震えながら洞窟に隠れているのはさぞ屈辱的だったでしょう。その時のくやしさが後に武士の世の中を作る原動力になったのかもしれません。そして鎌倉幕府を開いた頼朝は、お礼として「平野」の姓と島、そして島一帯の漁業権を仁右衛門に与えたのでした。

実は仁右衛門さんは歴史の重要人物なのでは?

仁右衛門島
初代の仁右衛門が「巻き込まれるのはごめんだ」と頼朝を助けていなかったらいったいどうなっていたんでしょうね。頼朝が平家の追っ手に殺されていたら、鎌倉幕府は開かれなかったかも? 歴史の授業で習うことはほとんどないのだけど、実は仁右衛門さんってかなりの重要人物じゃないのかしら?

馬の蹄の跡が残る馬蹄石

仁右衛門島
他にもこんな面白いものがありますよ。頼朝が再挙をはかって太夫崎(たゆうざき)に着た時に、馬の蹄(ひづめ)の跡がついた石を見つけました。立派な蹄の跡からして良い馬がいるのではと探した所、黒い毛並みの大きな馬を見つけました。馬は「太夫黒(たゆうぐろ)」と名付けられ、頼朝の愛馬となったそうです。その時の石がこの馬蹄石であると伝えられています。

市史ミニ講座~源頼朝と鴨川~/鴨川市ホームページより。実際は馬が石を蹴ってこのような穴を開けることは不可能で、おそらく水中で石が回転して削り取られるように丸く穴が空いたのではないかと推測される。

天皇陛下も皇太子時代に仁右衛門島におでましに

仁右衛門島
仁右衛門さんは歴史の影の功労者として認められているのでしょうね、天皇陛下も皇太子時代の昭和23年01月06日に仁右衛門島にお出ましになられ、皇太子殿下御見学記念碑も建てられています。それにしても皇族の方々ってあちこちの珍スポットにいらっしゃっているのねえ。

推理ゲームや宝探しプログラムも開催

仁右衛門島
空想を掻き立てる不思議な伝説や史跡にワクワクしっぱなしの探訪となりました。「事件が起こりそうかも?」と思ったのは私だけではないらしく、仁右衛門島を舞台にした推理ゲームや宝探しプログラムも開催されているそうですよ。あなたも名探偵気分で訪れてみませんか?(2016年10月10日訪問)【麻理】

参考文献

地図&情報

仁右衛門島(にえもんじま)
住所 :千葉県鴨川市445 太海浜
電話 :04-7092-3456
休業日:年中無休(悪天候は運休)
時間 :08:30~16:30
入場料:1350円(1往復の渡船料込み)
駐車場:有料
関連URL:仁右衛門島
※情報修正2017年04月

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