たたずむ知多半島の兵馬俑「軍人墓地(中之院 たぬき寺)」【愛知】

中之院・軍人墓地
ずらりと並んだ軍人像。100体ぐらいあるでしょうか。等身大の2メートル近い像、胸の部分までの像。それぞれ軍服も顔つきも全て違います。ここは愛知県知多半島の中之院境内です。

たぬき寺と呼ばれる場所へ

中之院・軍人墓地
地元の人はたぬき寺と呼んでいる場所です。なぜたぬき寺というのかというと、軍人像だけでなくたぬきの置物がたくさんあるからです。岩屋寺という大きなお寺のすぐ近くにあるという情報を得てでかけました。

軍人像はこの奥にあります

中之院・軍人墓地
キョロキョロしながら路地をうろついていると、昔ながらの駄菓子屋さんが。お店のおばあちゃんに聞くと「あー、たぬき寺ね。すぐそこ」とあっさり教えてもらえました。結構訪れる人が多いのかもしれません。奥に進むと立て看板に「軍人像はこの奥にあります」の文字。あ、ここだ!

個性的でリアルな表情

中之院・軍人墓地
これだけたくさんの軍人さんの像を目の当たりにすると、いくら昼間でもぎょっとします。微笑んでいるような表情、哀しげな表情、きりりと引き締まった表情。そのリアルな作りに驚きます。軍服もとても細かく作られていて、私はさっぱりなのですが、マニアの人ならそれぞれの階級がすぐにわかるほど。

戦士した兵士の写真を元に作られた

中之院・軍人墓地
横に由来を記した説明書きがありました。この軍人像は、昭和12年の上海上陸作戦で戦死された、名古屋第3師団歩兵第6連隊の兵士のみなさんだそうです。

昭和12年から18年の間に、めいめいのご遺族が戦没者の一時見舞金を使い、写真を元に作らせた像なのです。最初は名古屋市の千種区月ヶ丘に安置されていたものを、平成7年11月に中之院に移転したのだとか。

60年以上経ってもしっかりした像

中之院・軍人墓地
なるほどそれで、それぞれの像がとても精巧で個性的にできているのですね。これは石ではなくコンクリート製らしく、60年以上たってもしっかりしているのに驚きました。当時の職人さんの腕の良さにうなります。

私よりも若い青年

中之院・軍人墓地
この像とそっくりな顔をした軍人さんが、実際に戦い、そして亡くなられたのだなあ。私よりも若いだろうと思われる青年の像を見ると胸が詰まりました。

中国の兵馬俑を思い出す

中之院・軍人墓地
軍人墓地を訪れて、中国の兵馬俑を思い出しました。鎧を身につけて武器を持った等身大の兵馬俑。それぞれの像は、表情も服装も一体一体、全て異なると言います。

これからもたたずみ続ける軍人像

中之院・軍人墓地
そう言えば兵馬俑は殉死する兵士の身代わりに墳墓に埋められた像でしたね。戦後ずいぶん経ちましたが、軍人墓地の軍人さんたちは今もこれからも軍服姿でたたずみ続けます。(2005年08月27日訪問)【麻理】

大竹敏之氏の記事「知多半島裏観光『たぬき寺の軍人墓地』」(『エディット』vol.18 2005年春号)により、このコンクリート軍人像の作家が浅野祥雲(あさの・しょううん)氏であることが判明しました。(2006年03月29日)

参考文献

地図&情報

中之院(たぬき寺)境内・軍人墓地
住所 :愛知県知多郡南知多町山海字土間53
電話 :0569-62-0655
拝観料:無料
時間 :参拝自由
駐車場:なし
※情報修正2017年01月

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