金閣・銀閣だけでなく銅閣も存在する!「銅閣寺・大雲院」【京都】

大雲院・銅閣寺
京都観光の名所と言えば金閣寺や銀閣寺。修学旅行で訪れた方も多いのでは? でも銅閣寺があることをご存知でしょうか? 京都市東山区の大雲院の銅閣寺こと祇園閣を見に行ってきました。

日テレのクイズ番組で「銅閣寺は存在しない」と誤回答

大雲院・銅閣寺
昨年2016年5月20日、日本テレビ『究極の○×クイズSHOW!! 超問!真実か?ウソか?笑点チームも○×SP』で「金閣・銀閣だけでなく銅閣寺も存在する?」というクイズが出題されました。番組内では「存在しない」と放送されましたが、ツイッターなどネット上で「いや、銅閣寺は存在する!」とプチ炎上状態になりました。

大雲院内にある楼閣・祇園閣の通称は銅閣寺

大雲院・銅閣寺
さて真相は? はい、番組の調査不足ですね。実は銅閣寺は存在するのです。京都市東山区のお寺、大雲院祇園閣は通称・銅閣寺(銅閣)と呼ばれています。金閣寺は鹿苑寺の通称、そして銀閣寺も慈照寺の通称ですから問題ありません。「銅閣寺だってちゃんとある」が正解。

基本的に非公開のため、一般にはほとんど知られていない

大雲院・銅閣寺
なぜ銅閣寺だけがこんなにマイナーなのでしょうか。一番大きな原因は、銅閣寺は基本的に非公開で中に入った人が少ないからでしょうね。私が訪れた時にもこのように門の前には柵があり、立入禁止となっていました。またまれに一般公開日もありますが、内部は撮影禁止となっているのでネット上にはほとんど情報がありません。

たくさんいる観光客もほとんど足を止めることはない

大雲院・銅閣寺
銅閣寺のすぐ近くには観光地として人気の八坂神社があり、観光客がひっきりなしに通ります。銅閣寺は特徴的な塔なので「あれは何だ?」と見上げる人はいても、特に説明書きも何もないので足を止める人はほとんどいません。

銅板葺きの屋根は緑青で薄い青緑色に変色

大雲院・銅閣寺
屋根は銅板葺きで緑青(りょくしょう)が吹いており、薄い青緑色になっています。屋根の上には避雷針ような鳥が翼を広げています。風見鶏(かざみどり)ではなく、金属製の像なので特に回ったりはしていませんでした。

織田信長親子の菩提寺として天正時代に建立

大雲院・銅閣寺
大雲院は織田信長・信忠の菩提寺として天正15年(1587)に御池御所(現在の烏丸二条)に建立され、さらに豊臣秀吉によって天正18年(1589)四条寺町に移転。何度か火災で消失した後明治初期に再建されました。そして1972年に東山区祇園町に移転してからはずっとここに落ち着いています。あちこち引っ越しして大変でしたね。

大財閥・大倉喜八郎男爵の別荘・真葛荘があった場所

大雲院・銅閣寺
もともとここには大倉財閥で知られる・大倉喜八郎男爵の別荘・真葛荘(まくずそう)がありました。大倉氏は「金閣、銀閣につづいて、銅閣も作るぞ!」と敷地内に銅葺き屋根の楼閣を作ることを計画しました。そしてついに昭和3年(1928)に銅葺き屋根の祇園閣・銅閣寺が誕生。その後昭和47年(1972)に大雲院がこの地に引っ越したことから、銅閣寺は大雲院の所有になりました。

極まれに一般公開されている銅閣寺

大雲院・銅閣寺
国の登録有形文化財となっている銅閣寺だけでなく、織田信長親子の墓石川五右衛門の墓もあり見どころが多いのですが、普段は非公開で祇園閣内部の撮影も禁止なのが残念。極まれに一般公開の日もあるそうなので、どうしても楼閣に登りたい方は京都市の観光協会に問い合わせてみましょう。(2017年02月26日訪問)【麻理】

参考文献

地図&情報

大雲院・祇園閣(銅閣寺)(だいうんいん・ぎおんかく・どうかくじ)

住所 :京都府京都市東山区祇園町南側594-1
電話 :075-213-1717(京都市観光協会)
休業日:非公開
時間 :非公開

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