「生き人形(活人形)」を知っていますか? 等身大で精巧に作られたスーパーリアルな人形です。江戸時代の天才人形師・松本喜三郎の偉業に触れるために、熊本県の浄国寺を訪ねました。
松本喜三郎の人形と出会った時の思い出
私が松本喜三郎(まつもときさぶろう)の人形と出会ったのは大学生の時です。今から20年以上も前のことになります。美術部に属していた私は、夏休みの合宿に参加することになりました。たまたま熊本市のお寺のご住職を親戚に持つ美術部員がいたため、みんなでご厄介になることに。ありがたい、ありがたい。
最高傑作・谷汲観音像(巡礼姿観音像)
そのお寺浄国寺(じょうこくじ)に松本喜三郎の生き人形があったのです。しかも数少ない彼の作品の中でも最高傑作と言われる、谷汲観音像(別名:巡礼姿観音像)が! これまでに見たことのない仏像に、私は大きなショックを受けました。当時松本喜三郎のことも、この人形がそれほど素晴らしい価値があるということも、全く知りませんでした。
20年ぶりの再開はなつかしさでいっぱい
浄国寺を再び20年ぶりに訪ねましたが、当時の合宿のこともご住職は覚えていらっしゃいました。またずっとご無沙汰していた美術部員のO君とも電話をつないでくださいました(もうすっかり良いお父さんに)。すごく懐かしく嬉しい体験でした。そして今も変わらず美しい谷汲観音像と再開できたのです。
浅草の西国三十三ケ所霊験記の見世物
松本喜三郎は明治時代に「にんぎょは、まつもときさぶろう」という子供の数え歌が流行ったほど有名な人形の名工でした。明治4年(1871)から8年まで浅草の「西国三十三ケ所霊験記」という見世物は、4年間のロングラン公演。この興行は松本喜三郎が、10年の歳月をかけて計画したといわれ、なんと150体以上の生き人形が出展されたそうです。
33場面の風景を人形で表現
西国三十三ケ所霊験記では「美濃国谷汲寺縁起」の中の観音様が巡礼の姿をかりて人を導く33場面の風景が人形で表現されました。不思議な異国人や美しい乙女たちの人形が精巧に作られていて、江戸の人々の度肝を抜きました。
江戸中の若い娘が人形の着物やしぐさを真似するほど
興行は一目生き人形を見ようとする人々で、連日押すな押すなの大人気。なにしろ有名な浮世絵画家の国芳が、当時の生き人形の舞台を描いていますし、江戸中の若い娘が人形の着物やしぐさを真似したほどなのです。
あらゆる分野で才能のあった松本喜三郎
そもそも「生き人形」という呼び方も松本喜三郎の作った造語なのですから、彼は今でいう名プロデューサー、カリスマアーティスト、ファッションリーダー、名コピーライターだったと言えます。天才ですね!
2回の修復が行われた谷汲観音像
谷汲観音像は浅草の西国三十三ケ所霊験記公演の後、明治20年(1887)に松本喜三郎ゆかりの浄国寺にやってきました。この像は2回修復されています。最初は明治31年で、喜三郎の弟子である江島栄次郎が修復を手がけました。当時の新聞記事にもなっています。「日本一の人形師」と書かれてますね。
2006年の修復で衣装をリニューアル
二度目は平成18年(2006)で、熊本県、熊本市、(財)文化財保護・芸術研究助成財団の助成により、福岡県の仏師・浦叡學氏が修復を手がけられました。衣装の傷みがひどかったため取り外して、新たに着物が復元されました。この写真は修復の際に衣装を脱いだ谷汲観音像です。
あくまで見世物として作られた生き人形
ご住職のお話によると、生き人形はあくまで見世物として作られたもので、興行が終われば必要がなくなるため長期保存を考えて制作されていなかったそうです。だから2度も修復が必要だったんですね。ピカピカに蘇った観音像は神々しいほど美しかったです。まさに生きているよう。
消失・海外流失した喜三郎の生き人形
松本喜三郎は67歳で亡くなるまでに、数百体の人形を作っていますが、空襲で焼かれたり、海外に流出したりして現在数十体ほどしか現存していません。いくつかの作品はスミソニアン博物館やライデン博物館に収蔵されています。明治政府は西洋美術の彫刻はありがたがって保護したのですが、見世物小屋の人形には見向きもしなかったからです。
2004年の大阪歴史博物館での展示で再評価
2004年大阪歴史博物館で開かれた「生き人形と松本喜三郎」展で松本喜三郎はようやく一般的にも再評価されましたが、日本は生き人形の調査に大きく遅れをとっています。庶民の芸術が政府に理解されないのは、今も昔も変わりありません。残念なことです。

マインドフルネス瞑想の大ブームで人気の座禅体験
大学生時代の合宿では座禅も体験もさせていただいたのですが、最近外国の方や若い方がたくさん禅体験にいらっしゃるそうですよ。なぜかと思ったら、世界的大ブームとなっているマインドフルネス瞑想がきっかけとか。なるほど! 外国の方・お若い方の間にもこの谷汲観音像が知られると良いなあ。
浄国寺も熊本地震で被災しました
2016年の熊本地震では浄国寺も被害を受けました。本堂の屋根が壊れたり、壁にヒビが入ったりしたそうです。ご住職は「熊本城が完全に元通りになるのはまだ20年かかるかもねえ……」と寂しそうにおっしゃっていました。(2017年05月07日訪問)【麻理】

追記:2018年01月17日
松本喜三郎の作品は熊本市内にもう一体あります。喜三郎が手がけた来迎院の聖観世音菩薩像についてのレポートもどうぞ合わせてお読みください。

参考文献
地図&情報
曹洞宗本覚山・浄国寺(じょうこくじ)
住所 :熊本県熊本市北区高平2-20-35
電話 :096-344-7614
駐車場:無料(3台)
関連URL:曹洞宗 本覚山 浄国寺