福島県を散策していると、もぢずり橋、もぢずり公園など「もぢずり」という名前をよく目にします。百人一首の源融(みなもとのとおる)の和歌にも歌われた、もぢずりの謎に迫りました。
珍スポットではないです
福島県福島市の文知摺観音(もじずりかんのん)。今回は珍スポットではなくて、私の個人的な興味で訪れたお寺です。子供の頃丸暗記した百人一首。「陸奥の しのぶもぢずり たれ故に 乱れそめにし 我ならなくに」を覚えている方も多いでしょう。でもずっともぢずりっていったいなんだろうと思っていました。
昔からの人気観光スポット
文知摺観音は昔から陸奥の人気観光スポットだったらしく、松尾芭蕉や正岡子規など俳人も訪れています。
「早苗とる 手元や昔 しのぶずり」(芭蕉)
「涼しさの 昔をかたれ 忍ぶずり」(正岡子規)
文知摺石にまつわる伝説
境内にある文知摺石、またの名を鏡石。この石にまつわる悲しい物語をご紹介しましょう。
昔、中納言・源融(以下トオル)が、按察使(あぜち:巡察官)として陸奥の国にやってきました。トオルはその地の村長・山口長者の家に滞在し、長者の娘・虎女(とらじょ・以下トラ)と恋仲になります。
石の表面に愛する人の姿が浮かぶ
しかしトオルのもとに都へ帰るように使いが来て、トオルはトラに必ず帰ってくると約束して去って行きました。再開の日を待つトラ。しかし一向にトオルから便りはありません。トラは文知摺観音に願掛けをします。そしてふと境内の石を見ると、石の表面にトオルの面影が浮かんでくるではありませんか。
届くのが遅すぎた歌
けれどもそれっきりトオルの姿は消え、失意のあまりトラは病の床についてしまいます。そしてトラの死の間際、トオルからの歌が都から届いたのでした。
陸奥(みちのく)の しのぶもぢずり たれ故(ゆえ)に 乱れそめにし 我ならなくに
陸奥の信夫(しのぶ)の里の名産、乱れ模様のしのぶもじずりのように、僕の心は乱れてしまっているよ。いったい誰のせい? 僕のせいじゃないよ(君のせいだよ?)。
こいつ超腹立つー!
おせーよ! 誰のせい?──じゃねえよ、馬鹿。この人、臣籍降下した天皇の皇子で超セレブなマジモンの王子様。光源氏のモデルとも言われてます。
イケメンがウブな田舎の女の子にスナック感覚で手を出して帰京、メール一つよこさずほったらかし──でも1通送ったからこれで勘弁な。てへ……てなもんですよ(超訳)。腹立つー!
石の表面はザラザラだけど?
文知摺石が鏡石と言われるのも、表面にトオルの姿が浮かんだからと言われていますが、実際の石はザラザラでとても姿が映るようには見えません。
起こった農民が石を突き落とす
でもこれは理由があるんです。この悲恋物語が伝わると「石の面を麦でこすると好きな人の顔が映る」という噂がひろまりました。そしてあたりの農地の麦を引きちぎる観光客が続出。怒った農民が石を丘の上から突き落としてしまったのだそうで。その時ツルツルの面がひっくり返っちゃったのかもね。伝説は伝説を生むのでした。
もじずりの謎が解けた!
で、肝心のもぢずりとはなにかというと、境内に掲示してあった写真でやっと謎が解けました。しのぶもぢずりとは、草の葉を布にこすりつけて染めた布のことです。
「しのぶもじずり(もちずり)」の再現実験
この再現実験は文知摺石で実験したのではなく、隣の綾型石を使ったもの。湿った石に絹の布をはりつけ、藍の生葉で石の模様をなぞり、こすりながら染めます。
藍の生葉と紅花で模様をつける
模様の間に生の紅花をすり込みます。緑とオレンジの模様になりました。
もぢずりの正体には諸説あるが
なるほど、これがもぢずり模様の布なんですね。「しのぶもぢずり」には諸説あるのですが、確かにランダムな染模様は乱れているように見えますし、恋に乱れた複雑な気持ちを表しているように思えました。この染め物は「信夫布」として、昔この地方の名産品だったそうですよ。
他の見どころ
他の見どころとしては、人肌のようなぬくもりを持っていると言われる人肌石、家出した人がいるとき、お地蔵様の足をしばっておくと無事帰ってくると言われる足止め地蔵など。足の怪我にもご利益があるみたい。
その後のトオル
ところでトオルは後にどうなったのか。彼は莫大な富と権力を手にして、東六条に河原院(かわらのいん)という豪邸を建設。そこに陸奥の国・塩釜の浦を再現した豪奢な庭を作ったそうです。東北の暮らしやトラのことを忘れられなかったのかもしれないね。(2013年11月28日訪問)【麻理】
参考文献
地図&情報
文知摺観音 安洞院(もじずりかんのんあんとういん)
住所 :福島県福島市山口字文知摺70
電話 :024-535-1471
時間 :09:00~17:00
休刊日:1月1日~3日は資料館のみ休館
拝観料:大人400円
駐車場:無料
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