長崎の春徳寺はトードス・オス・サントス教会の跡地に移転されたお寺。境内の切利支丹井戸(きりしたんいど)は脱出経路になったと言われ、地下道は長崎港まで続いていたそうです。
今もポルトガル語の名残が
トードス・オス・サントス教会のTodos os Santosとはポルトガル語で「諸聖人」という意味です。1569年に長崎で最初に建てられた教会なんですよ。
このお寺の近くの山を唐渡山と呼ぶのだそうですが、もちろんトードス・オス・サントスから来ているんですね。東京の八重洲口が人名のヤン・ヨーステンに由来するようなもんでしょうか。
シーボルト親子も滞在
閑話休題。前回、本蓮寺の幽霊井戸をご紹介しましたが、この春徳寺にも名所の井戸があるんです。それは切利支丹井戸(きりしたんいど)。当時の教会の名残が唯一残っている部分です。
見学する時は事前に声をかけて
井戸は山門左手にあるくぐり戸の先にあります。春徳寺は長崎県指定史跡ですが、観光施設ではありませんので、事前に声をかけてから訪れましょう。日本庭園の片隅に切利支丹井戸という石碑。井戸の上には竹で作られた蓋が載せられています。以前は「外道井戸」と言われていたのですが、差別的な語感があるので現在は切支丹井戸と呼ばれています。
井戸と大理石の板が教会の遺構
井戸の大きさは直径80センチぐらいでしょうか。その隣には大理石の板(写真手前の白い板)があります。この大理石も教会の遺構です。これは昭和になってから本堂の改修工事をした際に発見されたものです。何に使われたのかはよく分かっていないのですが、どうやら祭壇らしいと考えられています。
今も水がわき出ている
でもベンチだと思って座ってしまう観光客が続出したので、中央に仏像を奉るようにしたんだそうですよ。井戸の中も見せて頂きました。きれいな水がわき出ていて今でも使えそうな感じでした。
長崎港まで延びる脱出経路!?
私がこの井戸に興味を持ったのは、これが切支丹の逃げ道として掘られた地下道だという伝説があるからです。普段は井戸として使い、追っ手が迫ったら脱出経路になったと言われ、地下道はなんと長崎港まで続いていたらしいのです。戦争中にも使用されたなんて話もあるみたいですが、真実はいかに?(2007年11月11日訪問)【麻理】
参考文献
地図&情報
春徳寺(しゅんとくじ)
住所 :長崎県長崎市夫婦川町11-1
電話 :095-822-1986
時間 :09:00~16:00
休業日:年中無休
関連URL:春徳寺(トードス・オス・サントス教会跡)