縄文時代ってどんな時代? 飢えて貧しい生活? 寒さ暑さに耐える毎日? 青森の三内丸山遺跡へ行けば、豊かな食文化、自然に関する知識、高度な建築技術にきっと驚きますよ。
縄文時代ってどんな時代?
三内丸山遺跡(さんないまるやまいせき)は青森県が誇る巨大野外ミュージアムです。遺跡の存在は江戸時代から知られていましたが、平成12年に国特別史跡に指定されました。ピカピカのモダンでゴージャスな建物に驚きました。
日本最大級の縄文集落跡・三内丸山遺跡
三内丸山遺跡は日本最大級の縄文集落跡。今から約5500年前~4000年前の縄文の人々が暮らした住居、墓、ゴミ捨て場、道路などが見つかり、今も発掘調査が行われています。広大な土地に復元された縄文式の建物が点在していますよ。
「巨大な食物庫」の中で暮らす縄文人
縄文時代の食生活は実は現在よりもずっと豊かでした。海、山、野原……彼らを取り巻く全ての自然が巨大な食物庫。たとえ天候不順である食物が採れなくても、別の食物を探すという採取・狩猟生活です。つまり縄文時代には飢死はありませんでした。農業に頼り切るようになったからこそ、飢饉で死者が出るようになったのです。
豊富な知識、生活の知恵
自然に関する知識も豊富で、一種類の食物を採りすぎないように生態系に気を配っていたそうです。彼らは食物を調達する知恵、自分の手で道具を作る器用さを持っていました。
文化・芸術も発展
朝から晩まで働く農業と違い、狩りを終えた夜は家族で集まって話をしました。そのため生活の知恵を持っている老人が大切にされました。力を合わせて大型の高床建物や冬暖かく、夏に涼しい縦穴式住居を建てました。遠くの人々との交易もさかんでした。そんなふうに文化・芸術が発展していきました。縄文時代は1万年も続きました。
文明の発展によって失われたもの
農耕文化が広がるにつれ、自然に関する知識が失われ、餓死者が出るようになり、身分・階級制度ができました。文明の発展によっていろんなものが失われました。
ぜひその目で見てほしい遺跡
この遺跡の素晴らしいところは、地元の人と密着した発掘調査が行われていることです。公式サイトでは作業員のおばちゃんの体験談を聞くことができます。バリバリの津軽弁。他県人の私には全然聞き取れませんが、遺跡に対する愛は伝わってきます。
地元と密着した発掘調査
復元された建物に入り、遺跡を見学すると、縄文人のテクノロジーとインテリジェンスにゾクゾクします。そびえ立つ大型掘立柱建物に、広々とした大型縦穴住居! こんな巨大な建物を重機のない時代にどうやって建てたの!? 見学中常に驚きっぱなしでした。
ダイナミックかつ太っ腹な青森人
この広々とした敷地に縄文時代を再現してしまう、ダイナミックな珍っぷり。レストラン・五千年の星では古代米のおにぎりも食べられる。しかも見学無料という太っ腹。いやあ、青森ってスッゴイ!(2006年06月05日訪問)【麻理】
参考文献
地図&情報
三内丸山遺跡(さんないまるやまいせき)
住所 :青森県青森市新三内字丸山293
電話 :017-781-6078(縄文時遊館)
入館料:無料
休館日:年末年始
時間 :09:00~18:00(06月01日~09月30日)09:00~17:00(04月01日~05月31日、10月01日~03月31日 )
駐車場:無料(512台)
関連URL:公式ホームページ 特別史跡「三内丸山遺跡」