熊本県の栖本町には美しい川が流れるのどかな地。天草地方には古くから河童の伝説や民話がたくさん残されているんですよ。河童街道に点在するユーモラスな河童像をご紹介しましょう。
油すましの墓の帰り道で気がついたとある像
油すましのお墓にお参りした帰り道、橋の上に何やら石像が立っているのに気が付きました。栖本町(すもとまち)へは油すましが目的で来たのですが、面白そうなのでクルマをとめて見てみることにしました。

愉快に踊る河童像
おお、踊ってる、踊ってる。これまでいろんな河童像を見てきましたが、栖本町の河童はユーモラスで愛嬌のある顔をしていますね。すごくカワイイ。ひし形の口は、『パタリロ!』の玉ねぎ部隊の隊員みたい。


熊本県栖本町(すもとまち)は河童の町
後で調べてわかったのですが、栖本町には数多くの河童の民話が残されており、河童をモチーフに町おこしをしている「河童の町」として有名なんですって。天草最大の河川である河内川が町内を流れているし、豊かな自然があるからいつ河童に遭遇しても不思議ではないシチュエーション。
20年以上続いている河童の町おこし
河童像が宮川橋、前川橋に設置されたのは1996年のこと。その後も続々と河童像は増えて1999年には露天風呂や大浴場が売りの栖本温泉センター・河童ロマン館もオープン。河童の町おこしももうすぐ20年にもなるんですね。
中国から熊本に泳いで渡って来た9000匹の河童
それにしてもなぜここに河童伝説が多いのでしょうか? 熊本県八代の薩摩街道には河童渡来之碑があります。そこには「仁徳天皇の時代に9000匹の河童が中国から泳いで渡ってきた」と書かれています。河童は渡来人の比喩であるともされていますが、海から来た河童たちがのんびりした天草の地を気に入って住み着いたのかもしれませんね。
代々河童の手のミイラが伝わっている神社も
河童街道から少し離れていますが、天草の下島志岐八幡宮にはなんと河童の手のミイラが代々伝わっています。1年に1度、07月31日の夏のお祭りの時しか見ることができないのですが、6〜7cmの水かきをもった手はまさに河童そのもの。志岐八幡宮の夏越祭では宮司さんが河童の手で、集まった子どもたちの頭を撫でる神事が行われるそうですよ。
河童の手に撫でられたい方は夏越祭へ
言い伝えによると、昔、神社の宮司が悪さをする河童を懲らしめるために切った手の片方なのだそうです。河童は「両手を切られては困ります。片方の手を返してくれれば、もう片方の手を差し上げます。その手は病気を治すことができます」と訴えました。
河童の手で頭を撫でられた子は無病息災で元気に成長しそうですね。ぜひとも撫でられたいという方は夏越祭の時に志岐八幡宮を訪れてみてくださいね。
地元の方が積極的に参加されている河童像作り
栖本町は行事も多く、町民全員が主役の町づくりをされているそうです。こちらは大きく「還暦記念」と書かれていますね。地元の方が何かのお祝いの折に河童像を設置しているようです。今後もますます河童たちは増えていくのではないでしょうか。
昔はよくこういうレトロ警官人形いたよねー
豊かな自然とカワイイ河童にすっかりリフレッシュした帰り道、道路脇にレトロな警官人形が立っているのを見ました。こういうの昔は良く見たけど、最近都心の方では全く見なくなったなあ。懐かしいねえ、と通り過ぎようとしたところ──。
宮古まもる君じゃないの、何してんのこんなとこで?
あっ! こ、この顔は! 宮古島を代表する有名人・宮古まもる君ではないですか! どうしたの、君? こんなところで何してるの?

古い友人に思わぬ所でばったり出くわしたような懐かしさと嬉しさを感じました。(2017年05月05日訪問)【麻理】
参考文献
地図&情報
栖本河童街道(すもとかっぱかいどう)
住所 :天草市栖本町馬場~河内
電話 :0969-66-3111(天草市栖本支所 まちづくり推進課まちづくり係)