私は日本だけでなく世界各国の人魚伝説に大変興味を持っています。今回は沖縄、特に沖縄離島に伝わる人魚伝説について考察してみたいと思います。沖縄県石垣島の川平湾を訪れました。
石垣島ナンバー1の観光地・川平湾
石垣島の北部の川平湾(かびらわん)。沖縄でも屈指の美しさを誇る川平湾は、石垣島でも人気ナンバー1の観光地。サンゴ礁の深さによって海の色がグラデーション状に変化し、陽の光の角度によって様々な顔を見せます。
川平公園の人魚像
さて。川平湾の中にある川平公園(かびらこうえん)には、人間の子供を抱いた人魚の像が設置されています。沖縄の離島には非常に特徴的な人魚伝説が伝わっているんですよ。それはだいたい以下のようなあらすじになっています。
沖縄の人魚伝説あらすじ
ある時、島の漁師の網に人魚がかかります。人魚は「どうか逃してください、その代わりに人魚の秘密を教えます」と懇願します。かわいそうに思った漁師が人魚を逃すと、彼女は「大津波がやっくるのですぐに逃げてください」と教えます。人魚の言葉を信じた村人は山の高台に逃げ、信じなかった村人は津波にのまれて死んでしまいました──。まとめると、
【1】人魚が漁師に捉えられる
【2】津波情報を人魚が与え、漁師は人魚を逃がす
【3】津波情報を信じた人間は助かる
【3】信じなかった人間は死ぬ
沖縄全体に広がる人魚伝説
島によっては「網にかかったのは人魚の子供」であったり、「仲間の人魚が助けに来る」など多少のディテールが違いますが、内容は似通っています。この人魚伝説は、宮古諸島、八重山諸島、沖縄本島全体に広まっています。
宮古諸島の「ユナイタマ(人魚)」
例えば以前ご紹介した、宮古諸島の下地島に伝わる人魚伝説。ここではユナイタマと呼ばれる人魚を釣り上げた漁師の話になっていました。身体を半分食べられてしまった人魚を救うために、仲間の人魚が津波を起こして、下地島の住民全員が波に飲まれて死んだ──というお話でしたね。

1771年の明和の大津波
なぜ沖縄全体に津波と人魚に関する伝説があるのでしょうか? それは1771年4月24日(明和8年3月10日)に起きた明和の大津波が関係しています。明和の大津波は、マグニチュード7.4の巨大地震によって発生した津波です。
1万2000人が津波で亡くなった
八重山群島、宮古群島に3波が来襲しました。この津波により亡くなった方、行方不明者の合計は1万2000人にものぼります。津波の遡上高は35メートルにも達したと言われ、これは東日本大震災の津波の最高値約40メートルとほぼ同じぐらいの高さにあたります。
津波によって陸に押し上げられた津波岩
沖縄各地には、明和の大津波によって打ち上げられた岩が今も史跡として各地に残っています。沖縄県下地島の帯岩、伊良部島の佐和田の浜、石垣島の津波大石などをこれまでもレポートいたしました。



ぜひたくさんの方に見てほしい
実際に陸に押し流された大岩を目にすると、津波の力がいかにすさまじいものか震え上がりました。どの津波岩も、訪れる人は少なくひっそりとしていましたが、自然の脅威を体感するためにもぜひたくさんの方に訪れてほしいと思います。
津波と人魚の関係については別の機会に
川平湾の穏やかな海を見ていると、そんな恐ろしい津波が襲っただなんてとても信じられませんが、島の古老による口承による伝説も、人々の命を救うための大切な知恵として言い伝えられてきたのでしょうね。では、なぜ津波と人魚が結び付けられてきたのか? それはまた別の機会にお話することにいたしましょう。(2014年11月19日訪問)【麻理】
参考文献
地図&情報
川平公園(かびらこうえん)の人魚像
住所 :沖縄県石垣市川平
電話 :0980-82-2809(石垣市観光交流協会)※観光情報の問い合わせのみ
入場料:無料
休業日:年中無休
駐車場:無料