あまりにも美しすぎる墓3つと離島の歴史「豊見親墓」【宮古島】

豊見親墓
あまりにも美しすぎる宮古島アトンマ墓。ツタに覆われ森の奥深くに眠るアンコールワット遺跡のよう。18後半〜19世紀前半の築造と言われています。アトンマとは後妻の意味です。

上比屋山遺跡:周辺の国々と貿易

豊見親墓
15世紀半ばに琉球王国が統一されるまでは、宮古・八重山の離島はどのような状態だったのでしょう? 以前ご紹介した上比屋山遺跡(ういぴゃーやまいせき)は14〜15世紀ごろの集落でした。中国の陶磁器なども発掘されていましたね。このことから周辺の国々と貿易をしていたと考えられています。当時の宮古・八重山にはたくさんの首長がいました。

宮古島の人々はどこから来たのか?「上比屋山遺跡」【宮古島】
   宮古島の言葉は非常に特徴的で、沖縄本島出身の人でさえリスニングが難しいと言われます。独特の言葉を持つ宮古島の人々はどこから来たのか? 歴史ロマンに浸れる場所をご紹介します。

オヤケアカハチ:石垣島の首長

豊見親墓
そして力のあった首長が次第に領土を広げていき、群雄割拠の時代に移っていきます。たとえば、15世紀には八重山にオヤケアカハチという人物が現れます。これは石垣島にあるオヤケアカハチの像です。彼は波照間島生まれで石垣島で勢力を拡大しました。島民のために戦った英雄として、今も島の人々に人気があるんですよ。

津波で打ち上げられた1000トンの珊瑚礁「津波大石」【石垣島】
   直径12.8メートル、高さ5.9メートル。推定重量1000トン。沖縄県石垣島の津波大石はサンゴ礁の塊です。2000年前に発生した津波によって打ち上げられたと言われています。

サンアイイソバ:与那国島の首長

豊見親墓
与那国島を支配していたのが、女性首長のサンアイイソバ。これは与那国島にあるサンアイイソバの暮らしていた砦です。彼女は琉球政府が送った宮古島の軍隊の大将を、素手で逆さ吊りにして股を引き裂こうとしたそうです。す、すごい迫力ですね。

男より犬を愛した女の悲しいイヌガン伝説「ティンダバナ」【与那国島】
   沖縄県与那国島の祖納集落を一望できる・ティンダバナ(ティンダハナタ)。今回はティンダバナに伝わる悲しくも奇妙な物語、男よりも犬を愛した女の伝説をご紹介しましょう。

仲宗根豊見親玄雅:宮古島の首長

豊見親墓
さて宮古島で権力を握った人物はというと、仲宗根豊見親玄雅(なかそねとぅゆみやげんが)です。中曽根が苗字。玄雅が名前。豊見親(とぅゆみや)が首長を表す称号。琉球国王・尚円王から豊見親に任命され、八重山諸島に君臨した人物です。

前述のオヤケアカハチと戦い(オヤケアカハチの乱)、討伐に成功。与那国島の鬼虎(うにとら)という首長も倒しました。

インカのピラミッドのようなお墓

豊見親墓
宮古島にある仲宗根豊見親の墓(なかそねとぅゆみやのはか)は、仲宗根豊見親玄雅が父親の真誉之子豊見親の霊を弔うために建てた墓です。だから正確には仲宗根豊見親の父の真誉之子豊見親の墓なんですけどね(ややこしー)。

インカのピラミッドみたいでとても迫力のあるお墓です。沖縄のお墓は大きなものが多いのですが、前庭もしつらえてあるこんなに美しい石積みのお墓は珍しいですね。

内部は10畳ほど・井戸つき

豊見親墓
内部は円形になっていて、直径6メートル高さ2メートルの10畳ほどの広さがあり、前後2室に分かれています。手前は棺や副葬品の安置所、奥は洗骨後の骨瓶の安置所です。このあたりの離島では遺体の骨を洗い清めて埋葬する文化があります。墓地の中には階段で降りていく井戸まであるのですよ。

三男の墓:知利真良豊見親の墓

豊見親墓
仲宗根豊見親の墓に向かって左側には、仲宗根豊見親玄雅の三男の知利真良豊見親の墓(ちりまらとぅゆみゃのはか)があります。仲宗根豊見親の墓と同じくらいの大きさ。こちらも前庭や石組みがとても美しいお墓です。

冒険心をかきたてるお墓

豊見親墓
私は記事に良く『トゥームレイダー』や『インディージョーンズ』に出てくるような──と書くのですが、ここは冒険心をかきたてるようなエキゾチックで素晴らしいお墓ですよ。さすが宮古島の支配者だっただけはありますね。

アトンマ墓:後妻さんのお墓

豊見親墓
そしてさらに冒険心をかきたてるお墓が仲宗根豊見親の墓に向かって右側にあります。通称アトンマ墓です。仲宗根豊見親を始祖とする忠導氏(ちゅうどうじ)の一族ゆかりのお墓。アトンマとは、後妻のことで、正妻と同じ墓に入れることができなかったので、こちらに埋葬してあるのです。

アンコールワットの遺跡のような墓

豊見親墓
ツタや樹木に覆われて、森の奥深くにあるアンコールワットの遺跡のようではありませんか? 築造年代ははっきりしていませんが、系図から後妻を迎えた年代を割り出して、18後半〜19世紀前半の築造ではないかと言われています。

もうちょっと手入れしてあげてほしい

豊見親墓
仲宗根豊見親の墓や知利真良豊見親の墓に比べるとかなりワイルド。個人的には素晴らしい雰囲気だとは思いますが、後妻さんのお墓だけあまり手入れされていないのかなと思うとちょっと可哀想な気もします。島の歴史に興味のある方はぜひ一度足を運んでみてくださいね。(2011年04月18日訪問)【麻理】

参考文献

地図&情報

仲宗根豊見親の墓(なかそねとぅゆみやのはか)・知利真良豊見親の墓(ちりまらとぅゆみゃのはか)・アントマ墓
住所 :沖縄県宮古島市平良字西仲宗根3-32
電話 :0980-73-1881(宮古島観光協会)
時間 :見学自由
料金 :無料
駐車場:なし
関連URL:仲宗根豊見親の墓
※情報修正2017年08月

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